自分について

ついつい誰かに遠慮してしまう人の実態

どーも。

前田王子です。

 

自分の意見や要求をストレートに表現するのって、ホント難しいですよね。

最近では、「繊細さん」とか「HSP」とか、自己表現が弱い人が肯定されていたりして、自己表現が苦手な人もちょっとは生きやすくなってきたような感じがします。

ですが、いつまでも繊細でいても面白くないし、忖度なくズバズバ物事を言う人の方が好かれたりして、なんかもうどっちやねん!って感じです。

かくいう僕も、めちゃくちゃ自信がなくて、自己表現なんてそんな大それたことできるか!って思っていた人なので、言いたいことも言えないこんな世の中マジpoison!って思ってたうちの一人です。

 

だけど、言いたいことを言う、自己表現をする、ということは、世間が言うほど難しいものなのか・・・?と考えるようになって、考え方が変わりました。

実は、言いたいことを言ったり、自己表現をするということは、そんなに難しいことではなかったりするんです。

 

自己表現ができないのは、誰かに遠慮してるから

自己表現ができないのは、誰かに遠慮しているからだと言えます。

とはいえ、誰に遠慮してるわけでもないし、別に遠慮してるつもりもないし・・・なんて思う方もいると思います。

そうなんです。

心ってこういうところが非常に厄介なんですが、理性と違って心は、明確な「主語」というのを認識しません。

なので、対象となる「人」に遠慮してるつもりはなくても、そもそもあなたが生きてきた中で、「遠慮してしまった」「遠慮しがちで生きてきた」というキャリアがあるのであれば、そこには「遠慮」という価値観が根付くことになり、脊髄反射的な感じで、誰彼問わず遠慮することになります。

多くは、幼少期の体験において、親から

  • みっともない
  • ちゃんとしなさい
  • そんなことしたらダメ
  • 迷惑かけないで

などといったネガティブな言葉をかけられていると、そういった行動を控えるようになります。

控えるようになった結果、一歩目が遅くなり、「遠慮」という状態になっていきます。

 

さらには、四柱推命的に見たときに、他人軸の人や、義務感、使命感が強い星を持っている人は、「ちゃんとしなきゃ」という言葉を重じてしまい、ちゃんとしていないのであれば前に出ない、という価値観を持ったりもします。

人は、ターゲットの人に対してだけ遠慮する、ということはできないので、行動の根本の部分に「遠慮」という価値観が根付くことになるわけです。

あなたは、遠慮しないといけない人ですか?

そもそも、あなたはそんなに世の中に対して遠慮しないといけない人なのでしょうか?

何かが明らかにみっともなく、呼吸をするだけで迷惑になるような存在なら、確かに少しは遠慮して欲しいと思いますが・・・あなたはそんな変な人なのでしょうか?

 

多くの人は、自分のことを「普通」だと認識しています。

つまり、あなたも例に漏れず「普通」の人間なんです。

ということは、ですよ。

そもそもあなたには遠慮しないといけない部分が存在しない、ということになりませんか?

 

ですが、言いたいことがいいづらく、自己表現も苦手・・・ということは、遠慮しなくてもいいのに、どこかの誰か、架空の誰かに遠慮してしまっている、ということになります。

遠慮しなくていい人が、誰かもわからない人に遠慮をして、自己表現ができなくて鬱々とした日々を過ごしているとしたら・・・

それってめちゃくちゃな話ですよね。

 

でも、そんな人が今の日本にはとても多いんです。

戦後の日本の古傷でもある

僕は、昨今の遠慮がちな人たちのことを、「戦後の日本の古傷」と呼んでいます。

戦後、高度成長期になって、日本の景気が割と良かった時に生まれたのが僕らの世代(1980年代の生まれ)です。

その前の世代は、中流家庭と言われる、いわゆる「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」の世界観な家庭に生まれた世代といえます。

戦後の世代というのは、両親が共働きになっていき、だんだんと子供の面倒を見れなくなっていき、子供の世話をテレビに任せるようになった世代です。(もちろんそうじゃない家庭もあります)

こういった背景があるので、遠慮しながら幼少期を過ごした人というのも必然的に多くなりますが、それは個人の問題というよりは、時代のせいでもあります。

ですが、だからといって、言いたいことが言えない、自己表現ができないといった状態を肯定することは違うと思っています。

それに、こんな背景の中で生きてきた僕たちに、テレビやネットでは「好きなことで生きていこう!」みたいなキラキラした世界観を無責任に見せてきます。

そりゃそんなの見せられながら、でも遠慮が抜けない状態で生きてたら鬱にもなるわ!って話です。

しなくてもいい遠慮なら、しなくてもいい

自己表現において、しなくてもいい遠慮があるというのは、一番の障害です。

しなくてもいい遠慮なので、もちろんしなくてもいいわけですが・・・「遠慮をしない」という価値観をそもそも忘れてしまっていたり、理解ができない状態の人であれば、

「遠慮しなくていいよ」

という言葉が毒になってしまいます。

まずは、自分が何か不明で架空な何かに遠慮をしていて、素の自分を出すことが出来ない。とい状態を把握することが大切です。

僕が提供している、潜在能力開放コーチングでは、そういった呪縛を解いて、先天的に持っているあなたの特性や強みを出せるようにする、ということをしています。

人は誰でも、元々高い能力を持っています。

でも、現代においては、その高い能力を妨害する外的要因が多すぎます。

 

だけど、そういった問題をどうやって解消すればいいか分からないので、占いやスピリチュアルなんかが幅を効かせているのが現状です。

でも、僕もどっぷりその業界には携わっていましたが・・・占いでもスピリチュアルでも、人は幸せにはなれないんですよね。

ついつい遠慮してしまう呪縛を外さないと、何を身につけても遠慮してしまうので、宝の持ち腐れになってしまうんです。

ABOUT ME
前田王子
四柱推命と易を使う占い師。 占い歴12年。 陰陽五行の知見と心理学・脳科学を使って、運が良くなる考え方を発信しています。 運が良くなると、人間関係や恋愛、お金や仕事など、人生の全ての歯車が噛み合います。 そんな前田王子ならではの目線でお送りするブログです。

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