どーも。
“改”運トレーナーの前田王子です。
「自己中」って言葉。
自分に自己中な認識がある人にとっては、結構グサっとくる言葉ですよね。
僕も、元々自己中なタイプだったので、この言葉を見るのは結構嫌だったりします。(今は平気だけど)
自己中ってなかなか自認できないものですし、自認できてもどうしたらいいのか分からず、色々本やネットで調べても納得いく答えが見つからなくて悶々とします。
そこで、自己中についての簡単な識別方法を編み出したので、紹介していきます。
その言葉、主語は誰?
「自己中な人」というのは、その名の通り「自己中心的」「自分が中心」という状態にあります。
難しい言葉で説明すると、自分と他人の境界が認識できなくて・・・とかそんな説明になりますが、簡単に見分けることができます。
例えば、自己中だという認識があるなら、自分の言葉について、この人自己中だな・・・と思うならその人の言葉について。
それらの言葉の「主語」が誰になっているのかを考える、ということです。
例えば、「手伝う」という行動ひとつ取っても、自己中な人の思考回路というのは、
「(私が褒められたいから)手伝う」
というように、隠れた主語が存在します。
なので、一見「手伝う」という行為に見えますが、その裏に潜んだ承認欲求がチラチラみえてしまって、周りに不快感を与えます。または、せっかく手伝ったのに褒められない、ということにもなります。
「手伝う」という行動について言えば、「手伝う」という行動は、「困っている相手を手伝う」というのが、正当な行動となります。
これを言葉にするなら、「(相手が楽になるように)手伝う」という感じでしょうか。
「私が」どうしたいのか、「相手が」どうなってほしいのかという、主語の違いで行動というのはその本質を大きく変えます。
「自己中」と言われる人は、主語のほとんどが「私が」となっていて、
- 目立ちたいから
- 褒められたいから
- 手柄が欲しいから
といった具合に、高度の起点が私欲に基づいています。
主語を「私」から「相手」に変える
個人競技やアートなど個人での活動であれば、自己中な振る舞いというのは大事な要素になります。ですが、自己中な世界観だけでは、人間関係において障害が出てくることも多いです。
主語が「私」になっている状態では、その行動の結果、得をするのは常に「私」ということになります。また、「私」が得にならなかった場合、傷つくのも「私」ということになります。
その結果、自己中を自認した人というのは、自己評価が低くなってしまい、自己表現をすることに自信がなくなってしまいます。
仕事や恋愛、家族間など、全ての人間関係において、自己中であるということは、リスクがそのほとんどを占めます。
主語を「私」から「相手」にすることで、滅私奉公・・・とまではしなくていいですが、「自分が得をする」という余計な価値観を挟まずに、相手が得になることを選んで行動することができるようになります。
そうすると、結果的に褒められたり評価されることになり、承認欲求も満たされるし、自己評価も上がることになります。
主語が「私」か「相手」かという、ただそれだけの違いで、自分の得のための行動か、相手の得のための行動か、という分岐が生まれます。
僕のカウンセリングやコーチングでは、こうした観点の区別をよく使いますが、こうした区別がしっかりと身についていくと、頑張ることなくいい結果を起こすことができます。