心の話

強い自己否定を持つ人は、自己肯定感を封印してしまう

どーも。

前田王子です。

 

カウンセリングやコーチングをしていると、封印された心を持つ人をよく見ます。

封印された心。

聴き慣れない言葉ですよね。

 

自分のことというのは自分が一番よく分からないわけですが、分かってない上に、封印まで施されてしまっているケースが少なくありません。

最近では、「自己肯定感」とかそんなポップな言葉で表現されていますが、自己肯定感が低いという状態は、即ち心が封印されている状態と言い換えることができます。

 

自己肯定感を上げる

 

なんて気安く言われる世の中ですが、基本的に「自己肯定感を上げる」ということはできません。

自己肯定感という概念は、高い低いの尺度を持っておらず、自己を肯定できる自分を認識しているか、していないかのどちらかに属しているか、ということになります。

 

自己否定と自己肯定

「自己肯定感が低い」というのは、すなわち「強い自己否定感がある」という状態です。

自己肯定感が低いとやがて自己否定になっていく、ということではなく、自己肯定ができているか、自己否定をしているか、という白黒はっきりしたものです。

お湯ぬるま湯冷水といった具合に、グラデーションになっている訳ではありません。

肯定と否定という言葉を使うので、対極に位置するもののような捉え方になりがちですが、そう捉えてしまうとドツボにハマります。

分かりやすく言えば、「妊婦」の反対は「妊娠してない人」ではないみたいな感じです。

自己否定というのは先天的に備わっているものではなく、環境によって形成されるので、妊婦の例で言うと、妊娠して子供がいる状態です。つまり、イレギュラーな状態。

逆に自己肯定というのは、毎日歯磨きしている自分を

自己肯定が過ぎるAさん
自己肯定が過ぎるAさん
今日も歯磨きできてエライ!!!

とは思わないように、わざわざ肯定するものではありません。

当たり前のことを当たり前にやっている状態なだけだから、それすなわち「ノーマル」な状態なんです。

自己肯定感という言葉で伝わってしまっているから分かりにくくなっていますが、自己肯定感を高めることが大切なのではなくて、自己否定してしまっている自分に気付いて、それを止めることが大切になります。

自己否定の先にあるもの

そして自己否定というのは、ちょっと極端な例えですが・・・

テストの答案が返ってきて20点と書いてあったとします。でも、採点ミスがビックリするほどあって、本当は70点でした。さらに、点数を書いた人としては、50点と書こうと思ったところを間違えて20点と書いてしまった。(どんな間違いやねん)

そして、その答案用紙に書かれた点数を見て、

僕は20点なんだ・・・

と悲しみに暮れるような感じ”

です。

「否定」という言葉が当てられているので厄介ですが、感覚としては、否定された自分を受け入れてしまっている状態と捉えると分かりやすいと思います。

 

そしてその答案用紙を見直して、

なーんだ!自分が間違ってたんじゃなくて、採点が間違ってたんじゃん!

と思えた時に芽生えるものが自己肯定感です。

いわゆる、「ホッとした感じ」というやつですね。

 

そして自己否定というのは、自分を傷つけるだけでなく、自分の可能性すらも封印してしまう脅威の存在でもあります。

心を封印するということ

大間違いだらけで返ってきた20点と書かれた答案用紙を見て、「自分は20点なんだ・・・」と、その間違った点数を信じてしまった時に、心は封印されます。

自分は20点の人間だからカッコ良くない、自分は20点の人間だから努力してもできない、自分は20点の人間だから・・・

「自分は20点の人間だから」というツボに、別に否定しなくてもいいものをどんどん入れていく現象が始まります。

これを僕は「心が封印される」と呼んでいます。

 

そう、こんな感じに厳重に!

こうして、本来の自分にとって大切だったものを、他人の間違った評価によって封印する羽目になり、封印したその壺の存在も一緒に忘れて・・・というか、いつの間にか封印の壺の中に自分の断片を入れることが日常になって大人になっていきます。

そんな時に

 

量産型カウンセラー
量産型カウンセラー
自己肯定感を上げましょう♪

 

と言われるので、心の封印はより強固になってしまいます。

自己否定という土で作った封印の壺に、本来自分が肯定すべきもの(至ってノーマルな自分)を入れてあるので、それを肯定しようにも肯定のしようがありません。

 

優しい言葉は時として凶器になります。

傷ついた心や封印された心がある、ということを先に知っておかないと、ストレッチの時に開かない足を無理に開脚させて逆に股関節を痛めるようなことになりかねません。

 

心の封印を解くために

「自己肯定感を上げましょう♪」みたいなことを書いた方が、本にしてもネット記事にしてもよく売れます。

でもそれって、一体誰に向けての言葉なんでしょうか?

上げましょう♪で上げれたら誰も悩んでねーよ!ってのがホントのところだったりします。

 

では、心の中の封印の壺は、どうやったらその封印を解くことができるのでしょうか?

 

まずポイントとしては、

  • 自己否定があるかどうか
  • 自己肯定感という言葉にイラッとする
  • 生きづらい、閉塞感がある

という部分があれば、その近くに封印の壺があります。

とはいえ心の中の封印の壺は、もはやいつ形成されたとも分からないし日常に溶け込みすぎていて、発見がなかなか難しいです。

 

あとは、自分の口癖にも壺を見つけるためのヒントがあるので、口癖をチェックしてみるのも手です。

 

壺の中に封印された心というのは、至って普通のあなたの本質です。

驚くほどふとしたタイミングで壺を作って、その中に至ってノーマルな自分を入れ込んでいってしまいます。

自己否定の自覚があれば、まずは壺の捜索から始めてみてください。

 

ちなみに前田王子の壺の話

もちろん、僕にも封印の壺があります。

封印の壺は、その存在が消えることは容易ではありません。なにせ記憶の中にあるものなので、忘れたくても時間がかかるものです。

例えるなら、カレーの味を記憶から消すようなもので、10年ぶりにカレーを食べても、

 

そうそう!この味だった!

 

と、意外と覚えているものです。

 

というわけで、僕の封印の壺の話ですが・・・

私、前田王子の封印の壺には「僕は普通だ」というラベルが貼ってありました。

 

  • 普通だからすごくない
  • 普通だから目立たない
  • 普通だから中肉中背
  • 普通だからお金も普通
  • 普通だから仕事も普通

こんな感じで、

封印の壺
封印の壺
お前は「THE 一般人」になるのだ!

という呪いがかけられていました。

 

あれは忘れもしない中学2年生の2学期の期末テスト。

5教科の点数が全て平均点の±5点、順位がちょうど真ん中で、通知表はオール「3」(5段階評価)でした。小学5年生からサッカーを始めた王子少年は、割とスポーツも勉強もできる方だったのですが、中学に入るや否や、あれよあれよと順位が下がっていき、ちょうどド真ん中になった時に封印の壺が現れました。

そこからは、何をやっても「自分は普通、なんなら普通以下だ・・・」という証拠を集めてはツボに入れる毎日。

英語の小テストでちょっとしたミスをして、満点を逃してしまった時に

王子少年
王子少年
僕は「普通」なんだから、満点なんて取れやしないんだ

と軽く凹んだりしてました。

ホント、全然そんなこと思う必要ないんですけどね。

 

僕にも、そうやって自分のことを低く見積もって生きてた時代がありました。

今は前田王子って名乗ってる占い師です。

全然普通じゃないですよね 笑

 

でも、僕としては前田王子という占い師が至ってノーマルな自分なんです。

背伸びもしていない、普通の状態。

 

ね。

封印の壺って怖いでしょ 笑

 

僕の知る限り、心の中の封印の壺は誰しもが持っています。

その壺が生きづらさに繋がってしまっていたり、やりたいことを阻害してしまっていることが問題なだけで。

 

だから、簡単に人様に向かって

自己肯定感を上げましょう♪

なんて言うもんじゃないんですよ。

ABOUT ME
前田王子
四柱推命と易を使う占い師。 占い歴12年。 陰陽五行の知見と心理学・脳科学を使って、運が良くなる考え方を発信しています。 運が良くなると、人間関係や恋愛、お金や仕事など、人生の全ての歯車が噛み合います。 そんな前田王子ならではの目線でお送りするブログです。

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