現役占い師が思う「当たるも八卦当たらぬも八卦」の本当の意味

どーも。

易学を愛する占い師、前田王子です。

 

早速ですがみなさん、

 

当たるも八卦、当たらぬも八卦

 

って言葉、聞いたことありますか?

 

よく占いについて

 

口の悪い兎
占いは「当たるも八卦、当たらぬも八卦」って言うしね!

 

みたいな使い方をする言葉ですね。

  • 占いは当たったり外れたりするから、話半分くらいで聞くといいよ
  • 当たっても当たらなくても所詮占いだよ
みたいな感じの意味合いで使われてます。

 

ですがこの言葉、実はホントの意味とはちょっとニュアンスが違うと思うんですよ。

言葉って使われていくうちに、どんどん意味が変わっていったりするものですが、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」もその一つだったんです。

 

占いが好きで、易を愛する王子が、易を学んでいた時に

 

王子
なんだろう、この違和感・・・

 

と思っていて、なんだかんだ考えてたら行きついた妄想の話です。

今回は、そんな「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の本当の意味について書いてみたいと思います。

 

まず、「八卦」って何?

八卦は「はっか」とか「はっけ」と読みます。

王子は主に「はっけ」と読む派ですが、読み方はどちらでも大丈夫です。

 

八卦は、易学において天・人・地、森羅万象を表すものとされています。

どんなものかというと、

この図の、3本の線みたいな模様のことを、卦と呼びます。

 

卦とは、何もないところ(無極・太極・一元など呼び方は様々)から、まず陰と陽に分かれるところから始まります。

全ての物事には裏と表があります。裏と表だと意味を限定的になってしまうので、陰と陽という言葉で表現されました。

 

この図は、陰と陽が追加される様子は無極→点→線→立体のような変遷でイメージしてもらうと分かりやすいと思います。

4本目の陰と陽が無いのは、この世界が三次元なので、立体までで表現することができるからです。

 

そうやって陰と陽が追加されていき、一つ一つの卦が出来上がります。

見た目は漢数字の「三」みたいなシンプルな形ですが、八卦全てで森羅万象を表現しています。

ホント簡単な図・・・というか、線だけなんですけどね。結構スゴイんですよ。

 

卦にはそれぞれの五行(火とか水とかの五属性)が配されています。

例えば、一番右にある乾(けん)は三本とも全て陽で構成されています。

陰を下、陽を上とするなら、乾は8つの中で一番上ということになります。

一番上ということは、一番位が高い、一番堅い、などの意味を帯びます。

 

では、地球上で一番高貴で、堅いものは何かというと、金になります。

よって乾の五行は「金」ということになります。

他にも意味はありますが、こんな感じで五行がそれぞれに配されていきます。

なので、例えば乾なら「全陽(位が一番高い)で、三次元の中で金の性質を帯びるもの全て」という意味になります。

 

こんな感じの小難しい話があと7つあるわけですが・・・

その8つの形(シンボル)のことをまとめて「八卦」と呼びます。

 

つまり八卦とは、三次元中の構成物全てのもの、という意味になります。

先ほど、八卦は易学において天・人・地、森羅万象を表すものと書いた理由は、こんな感じです。

 

 

当たるも八卦・・・?

八卦がどんなものか、理解できたでしょうか?

ちなみに、先ほど載せた図のことを、「陰陽五行論」と言います。

 

陰陽五行論を図に表したものが「八卦」なんですね。

そして八卦は、大昔に開発されました。

 

「八卦=天・地・人、森羅万象」とはよく言ったもので、実は人体構成にも八卦の考え方は当てはまっていました。

細胞分裂や着床の仕組みについては、解剖学の見地から発見されたことですが、陰陽五行の考え方は、人体構成までを捉えていたのです。

どんなことを考えていたらここに行きついたのか・・・昔の人スゴイ。

 

と、話が逸れました。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉の違和感、ここにきてちょっと感じて来たでしょうか?

当たるも八卦~という言葉は、

  • 占いは当たったり外れたりするから、話半分くらいで聞くといいよ
  • 当たっても当たらなくても所詮占いだよ
という意味でした。

実際のところは、「八卦=占い」ではないんですね。

八卦自体は、天体やら人体やら、全ての構成要素を表しただけのモノなんです。

占いの要素は含んでいないのです。

 

八卦は、天体から人体までをカバーする、ただの素晴らしい思想体系です。

そもそも当たったり当たらなかったり、というものではないんですよ。

 

難し過ぎる陰陽五行

東洋占術は、そもそも漢字が多いから難しい!という声をよく聞きます。

そこを拒否したらただの食わず嫌いじゃないか・・・と思うんですが 笑

 

陰陽五行論は、それ自体だと先ほど載せたトーナメント表みたいな図で完結する話です。

ただ、実際に占いのツールとして活用しようと思ったら、とんでもなく難しいんです。

 

この難しさは、スパイスから本格的な美味しいカレーを作る試みに似ていると思います。

 

本格的なカレーを作る時、スパイスを調合して作るわけですが、どれをどのくらいの分量で入れればいいのか。

もし分量が分かっても、レシピ通り作っても、お店のような本格的な仕上がりにはなりません。

なぜなら、ただレシピ通りにやればいいわけではなくて、言葉で表せないような細かい部分、フィーリングの部分までを含めての本格的カレーなわけです。

スパイスから作れば本格的なカレーが作れる。という短絡的なものではないんですよね。

 

こんな具合に、陰陽五行論、つまり八卦も、仕組みや成り立ちが分かったところで、活用しようとするとまー難しいモンなんです。

教科書通りにやってみても上手くいかない。

そもそも上手くいかない理由が何なのか分からない。

 

使って使って、使いこんでやっと、八卦の醸し出すフィーリングが少しずつ分かってきます。

そうすると、少しずつ占いも上手になっていきます。

 

ですが、八卦とは天・人・地、森羅万象を表すものです。

全てを理解しようとするには相手が悪いんですよね。(壮大すぎて)

 

本来八卦は外さない。当たらぬも八卦の真意とは

陰陽五行論はホント奥が深いです。

分かったと思ったら新しい不思議が出てくる。

しかし、それを繰り返すことで、少しずつ理解を広げていくものなんですね。

 

なので、占いが当たらないということは「八卦が分かっていない」ということなんです。

自分の理解が足らないことが原因で、当たらないのです。

 

八卦は、森羅万象を表すものです。

そもそも八卦は正しく表しているわけです。

 

それを理解できていない自分がいる、ということです。

つまり、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」とは、

 

八卦は常に正しく表しているので、正しく読めればもちろん当たる。

しかし、使う人によっては当たらないものにもなってしまう。

八卦とはそういう存在である。

 

という意味だと思うんです。

「占いなんて~」という意味ではなくて、

 

使う人次第なんだよ。

(なので使えるようになるまで頑張ろうね!)

 

という意味なんじゃないかと思います。

 

王子
理解の深度、角度によって、よく当たるものにもできるし、当たらないもにもなってしまう。それが八卦。

 

 

こうして誤解された「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

ここからは、きっとこんな感じで誤解されて伝わったんじゃないか、という王子の妄想です 笑

 

あるとき、スゴイ占い師の師匠に、若弟子が入門しました。

師匠はいとも簡単に占いを使っているから、きっと簡単なんだろうと若弟子は思っています。

 

そんな中、若弟子が師匠に言いました。

 

若弟子A
八卦が上手く扱えません!どうしたらいいでしょうか?
師匠
ふぉっふぉっふぉ。当たるも八卦、当たらぬも八卦じゃよ。

 

師匠としては、

 

師匠
焦る気持ちは分かる。だけど相手は八卦だ。さらに精進なさい。そうすれば扱えるようになるから。

 

という気持ちで言いました。

 

ところが、若弟子は

 

若弟子A
当たらぬも八卦て!当たんねーのかよ!

 

と思ってしまいました。

 

若弟子A
ヤメだヤメだー!占いがこんなに当たらないなんて聞いてないし!あのじいさん、何かインチキしてんだろー

 

こんな若弟子みたいなヤツが、きっと昔には何人もいたんだと思います 笑

そいつらの中で、

 

若弟子A
八卦って当たんねーよな!
若弟子B
けどあそこの占い師、スゴイ八卦使いなんだよな!
若弟子C
なんで俺らは当たらないんだろうな?

 

 

若弟子ーズ
う~~~ん・・・

 

 

 

 

 

若弟子A
・・・当たるも八卦、当たらぬも八卦ってことなんじゃない?

 

と、考えることを放棄した結果、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉が勘違いされたんじゃないかと思います。

 

王子
ちなみにこんなような勘違い、東洋占術用語にはたくさんあります(笑

 

記事を読んでも、まだモヤモヤと不安が消えないアナタには・・・!

王子がスパッと解決しますよ☆

2 件のコメント

  • 初めまして、王子さん。たchuやくぅ~と申します。
    詳しくは下に添付のエッセーに書いて説明していますが
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11876066
    私は【当たるも八卦当たらぬも八卦】の意味は
    『どんなに必ず当たる占いでも未来に関する占いは
    それを提示した瞬間に外せる道が作れるようになる』
    という意味だと解釈しています。たとえば、
    八卦が完璧に出来る占い師に
    『あなたは今年の年末にステキな出会いがあるでしょう。』と
    言われたしますよね?そして、そう言われた人が
    その結果を聞いた翌日に自殺でもすれば
    その占い結果は外れたことになります。ちょっと
    大げさすぎるたとえですが、簡単に言うと
    占いって本来こういうもののはずなんです。
    この場合は悪い結果へ未来を変える行動ですけども
    本来占いは『未来に起こる可能性の内の1つ』を予知し
    より良い未来にするため、良い意味で結果を裏切る事。
    それが本来の占いの在り方であり、
    当たるも八卦当たらぬも八卦と言われる所以
    なのではないかと私はそう思っています。

    風水界では結構有名な話ですが
    人間達は自ら氣を産み、変える能力を身に着けてしまった。
    それゆえに、絶対に当たるはずの八卦、即ち
    森羅万象の自然界の出来事さえも、人間の介入によって
    変化をもたらせる事が出来てしまう・・・
    八卦を生み出した人はこのことにも気付いて
    このような言葉を残したのではないでしょうか。
    私にはこの言葉の真意はそういうように感じています。

    • コメントありがとうございます。
      「当たるも八卦当たらぬも八卦」って色んな解釈ができますよね^^

      限定せずに、幅のある表現をするあたり、昔の人ってやっぱ頭いいな〜って思います(^^♪
      こちらが勝手にそう思ってるだけで、意外と「当たらぬも〜」と言った本人はそんな含蓄込めたつもりがなかったり・・・笑
      それはそれで笑いますが 笑

      どちらにせよ、ついそんな余地を考えてしまうほど深みがあるので、占いの世界は面白いです^^

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