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考え方

占いにおける「運命」というよく分からないものの話


この記事は、まだ「占い師」と名乗っていた頃に書いた記事です。
今は「”改”運カウンセラー」の前田王子です。

そこにはちょっとした長い話がありますので・・・
よかったらコチラの記事も読んでみてください。

さようなら!占い師の前田王子!(前編)どーも。 "改"運カウンセラーの前田王子です。 かれこれ3年半前になりますが、「占い師の前田王子」としてこのブログが...

どーも。

占い師の前田王子です。

 

四柱推命もそうだけど、一般的に「占い」というものは、未来のネタバレを求めているというか、楽して幸せになりたい人ホイホイみたいな節があると思います。

占いでパパッと未来でも見てもらって、運命の人が現れるのを待つ、みたいな。

 

でもそれって、めちゃくちゃ現実離れしていて、普通に考えてそんなことは起こり得ないわけなんですが、なぜか「占い」というヴェールに包まれると、そんなこともできてしまうような錯覚を起こしがちです。

 

僕は、こうしたややこしい書き方が好きなのでこういう表現をしますが、運命というのは、決まっているようで決まってなくて、決まってないようで決まっているんだけど、やっぱり決まっていないものです。

 

こういう書き方をすると、

 

[voice icon=”https://maedaouji.com/wp-content/uploads/2019/09/namami-dansei.jpg” name=”決めつけたいA君” type=”l”]どっちなんだよ![/voice]

 

と思う方もいるかと思うんですが、運命というのは決まっている!と言ってしまえば、じゃあ努力は必要ないのか?ということになりますし、運命は決まっていない!と言うならば、じゃあ努力すれば叶うのか?となります。

でも、そのどちらでもないこともあるし、例えば中肉中背の40代男性がどれだけ努力を重ねても、ジャニーズJr.に採用されることはないわけです。

とはいえ、もしかすると、その努力が認められて、しつこく履歴書を送っていたことがネタになって、おじさんによるユニットが組まれる話になるかもしれませんが、そんなミラクルが起こりうるとは、令和2年の段階ですら誰にも想像できません。

 

では、占いでそういう目が出るのか、という話なんですが、もーーーしかしたら出ているかもしれません。

でも、占い師が見落とします。見落とすというか、見落とす見落とさないの話じゃなくて、そんな可能性に気付けるはずがないです。占い師の腕の問題ではなくて。

そして、もし仮に、

 

[voice icon=”https://maedaouji.com/wp-content/uploads/2019/09/bokeuranaishi.jpg” name=”本物?の占い師” type=”l icon_red”]しつこくしつこく履歴書を送れば、願いは叶うはずですよ・・・[/voice]

 

と言われても、それを信じて40代になるまでの20年以上履歴書を送り続ける人はいないです。

個人的な意見ですが、履歴書を送る「しつこい」回数って、恐らく10回くらいです。

25回目に通るとして、それを信じてやり続けられるか?という問題があります。

 

その場合は、「その未来は確実に来る」ということが分かっている前提である必要があります。

未来が確実に分かっているから、安心して続けられるわけです。

 

昔、新興宗教が流行っていた時代に、「この壺を買うと幸せになりますよ」みたいな話がありました。

普通に考えれば、壺がどうやって人の行動を変えるんだ?となるところですが、結構買った人がいたそうです。

 

「運命」という不確かな未来があって、いつか不幸になってしまうかもしれない・・・という世界観ではなくて、単純に、人の頭の中には不安を感じる機能があって、不安状態を解消したい、という心理があるので、「分からないこと」に対して不安を覚えるわけです。

ですが、「分からないこと」に対して不安になることができますが、「知らないこと」に対しては、不安を抱くことができません。

隣の家でボヤ騒ぎがあったとしても、そのことを知らなければいつも通りの日常です。

隣の家が燃えてる!と気付くから、「うちもヤバイかも!」となることができるわけです。

 

つまり、認知してしまったことに対してのみ不安を抱くことができるわけで、「運命」というのも、人間の不安からつくりだされた概念だと思うんです。

 

なぜなら、犬や猫は運命を憂いて凹まないわけで、つまりそれは、「運命」という概念を知らないからです。

そして、人間は言葉によって記憶に連続性をもたせることができる、つまり、ブツ切りの断片的な記憶ではなくて、ストーリーとしての記憶を持つことができてしまうので、「運命」というものを認知することができて、憂うことができてしまうわけです。

 

未来に対して不安がある状況だから、その不安を解消したくて占い師に未来を見てもらう、という行動を取るわけですが、未来というのは、先にも書きましたが決まっているようで決まってなくて、決まってないようで決まっているんだけど、やっぱり決まっていないものです。

つまり、決まっていないです。

 

決まっていないものに対して、「もしダメだったら・・・」と顕在化(今まで目には見えずに隠れていたものが見て分かる状態になる)させてしまうから、不安になってしまうわけで、不安になってしまうから、不安を助長するものに目が行くようになって、最終的に身動きが取れない程に行動に制限がかかってしまう、という順序になっています。

 

でも、よくよく考えてみれば、そうなった経緯というのは、存在してもいない「運命」という名前の未来を勝手に想像して、未来に対するマイナスイメージを頭の中で作ってしまったからに他なりません。

 

とはいえ、人間の頭には「不安は解消したい」という機能があるので、不安があれば解消したくて、解消できなければ解消できるように悶々とするわけです。

 

ただ、大前提として、未来というのは現在の積み重ね、現在における選択の積み重ねなので、未来を憂うというのは、実は全く意味のないことだったりします。

 

それよりも、現在のベストパフォーマンスが出せているかどうか、そこに焦点を定めていくと、その積み重ねの未来がやってくるわけで、自ずと上手くいくわけです。

よく、何にも考えてなさそうな人の方が、人生よろしくやってそうでイラッとするようなことってありますが、「何にも考えていない」のではなくて、(未来の不安に対して)何も考えていない」ということだったりします。

だから、何も考えてなさそうな人の方が、必死であれこれ考えてる人より幸せ度が高かったりするわけです。

 

何も考えるな!

ということではなくて、「運命」という仰々しい言葉で、あえて不安を顕在化させるような現代社会なので、そこに真摯に対応していかないといけない、という話です。

 

「運命」という言葉をあえて使うなら、「運命」いくらでも変えられます。

なぜなら、「運命」というものはそもそも決まってすらいないからです。

ただ、現在の積み重ねの結果という未来が待っているだけで、何も策を講じなかった未来、対策が間違っていたことに気がつかずに迎えた未来というのが、安い運命論に見合ったしょうもない未来というだけです。

選択を間違えてはいけない、ということでもなくて、昨日より今日、今日より明日、明日より明後日と、ほんの少しずつ、誰も気づかないほんの少しの違いを積み重ねて結果が、より良い未来を作るのだということです。

 

そう考えるならば、未来はビックリするほど明るいし、運命なんていう鎖なんて存在しないわけです。

ABOUT ME
前田王子
四柱推命と心理学を使って、「”改”運カウンセラー」というちょっと変わったことをしています。 占い歴10年、鑑定数2,500人以上。 元携帯ショップ店長、ECサイト運営、カウンセラー、占い師、コーチング歴10年という変わったキャリアの人です。 ・巷の浅い占いにモヤッとしてる ・占いに書いてあったことを信じてしまい困ってる ・てか占いってアテになるの? ・占い師ってなんなん? そんな巷の洗脳じみた占い感を払拭して、占いに頼らなくてもいい思考回路を作るための記事を書いてます。
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