どーも。
“改”運トレーナーの前田王子です。
占い師として日々いろんなお客さんの相談なんかを受けてるわけですが、中でも心配性な方って結構多いです。
うちのオカンもなかなかの心配性で、事あるごとに色んな心配をされます。
ただ心配される側からすると、「そんなに心配することかなぁ・・・」と思うこともよくあるんですよね。
鑑定の現場でもそうですが、心配する側って、基本的に良かれと思って心配します。
で、心配される側の命式を見てみると、心配をよそに天真爛漫に生きてる人が多くて、

って言いたくなるシーンはよくあります。
心配する方としては、心配で胃がキリキリしてたりストレス抱えてたりするんだけど、心配される方としては、全然あっけらかんとしてたりするもんです。
また、心配されてもあっけらかんとしていられるパターンならいいんですが、心配をまともにくらっちゃって、心配させまいと空回りしちゃってる人も少なくないです。
今回は、そんな心配をまともにくらっちゃう人目線の話です。
王子も心配をまともにくらっちゃうタイプなので、心配されるのって結構苦手なんです。
なんか上から潰されてるような感じがして、嫌なんですよね〜〜。
なんで心配するんだろう?
王子はどちらかというと心配される側になることが多く 笑
心配する人の気持ちがなかなか分からずにいました。
心配なんかしないで、放っといてくれたらいいのに・・・。
ずっとそう思っていました。
占い師になって、色んな人の命式を見ていくうちに、心配する人の気持ちがだいぶ分かるようになってきたんですが・・・どうやら心配する人って、ほぼオートで心配してるみたいです。
四柱推命的な話でいくと、天干が癸と丙の人って心配性な人が多いです。
とはいえ全体からの判断になるので、一概には言えないけど、まぁ参考までに。
また、通変星で見ていくと、心配性の人って蔵干の中に比肩を多く持っていることが多いです。
比肩は自我の強さなんかを表すわけですが、「良かれと思って」という発想を抱きやすいんだろうと思います。
良かれと思ってあなたのことを〇〇だと思っているんだけど、どうやらそうじゃないみたい。なんで?あなたのこと見てると私心配になってくる!
このように、自分の思惑とのギャップを目の当たりにすると、心配スイッチが押される感じです。
つまり心配とは、心配する側の妄想によるところが大きいと言えます。
心理学的には、心配の96%は起こらないらしい
心配してることって、はたから見たら結構しょうもないことが多いです。
心配してる本人にとっては、すっごい重大なことみたいなんですけどね^^;
心配事を相談された経験があるとよく分かるけど、聞いてて
「うん、うん、分かった分かった、大丈夫やから!心配しなくてもいいからそれ!」
って思うことはよくあります。
「心配」って言葉はすごく傲慢な言葉だと思うわけです。
- 彼が浮気するか心配
- 子供がちゃんとやっていけるか心配
- 自分の将来が心配
などなど。
なんだろう・・・なんて言うか、心配っていう大義名分でマウント取ってるけど、「心配」ってそれ、ハナから信じてないってことだよね?
だから心配される方としては、なんか嫌な感じがするわけです。
だって、信じてもらってないんだもん。
しかも、心理学的には心配してることの96%は起こらないそうで。
そうなってくると4%の内訳を知りたいんだけど、スマホゲームのガチャの4%の確率っていうのは基本的には当たらないものだと思ってね!って話だから、4%の方を考えなくても全然いいわけで、何が言いたいかって、起こりもしないことを「心配」というもっともらしいパッケージで押し付けてくるわけです。
これはもう足枷付けにきてることとほぼイコールです。
足枷と違って目に見えないもんだから、タイトルにもある通り「呪い」と言っても過言ではないんじゃないかと思うわけです。
「心配」であって、「疑い」ではない
「心配」を分解してみると、「〇〇になってしまうんじゃないか」という本人の主観によって構成されています。
つまり妄想なわけです。
現実を加味しているわけではありません。
対して、「疑い」というのは、多少なりとも裏付けがあります。
疑いをかけるというのは、疑いを晴らすという目的があるわけで、疑いが的中してしまったら残念だけど、疑いが晴れればスッキリします。
でも、「心配」というのは晴れることがありません。
言葉としても、「疑いが晴れる」とは言いますが、「心配が晴れる」とは言わないです。
ここに「心配」の闇の部分があると思うんです。
「あらぬ疑い」という言葉がありますが、「心配」というのは、それに近いところにあるんじゃないでしょうか。
心配が重くのしかかっちゃう人へ
王子も、オカンからよく「大丈夫?」と言われてきました。
それって、オカン的に「大丈夫!」だと思ってないから出てくるわけなんだけど、オカン的には別に悪気はないんです。
悪気がないからなおさら厄介なんですが、心配から来る「大丈夫?」という言葉は、かなりズッシリと重い言葉です。
しかも、こちらの自尊心を傷つけてくる言葉なので、心配されればされるほど調子が悪くなっちゃいます。自信もなくなっちゃうし。
かと言って、「心配しないで!」と跳ね除けようとしたところで、心配してくる人は良かれと思って心配してるので、「心配しないで!」なんて言われたら余計に心配するわけです。
もうね、「押すなよ!絶対に押すなよ!」見たな感じになるわけです。
そう、「心配しないで!」という言葉は、心配する人たちにとっては「心配して!」という意味になるんです。
こうした両者のミスマッチが、些細な悲劇を生むわけですが、心配される側としては、どうすればいいでしょうか?
それは、「心配しないで!」と跳ね除けるのではなく、心配してくる人の気持ちを理解することに尽きます。
心配してくる人と、心配される側の人は、基本的には分かり合えないんです。
「心配しないで!」と、自分のことを理解してもらおうとするから余計に苦しくなるんです。厄介ですね!
心配する人というのは、心配する星からやってきた心配星人なので、心配される星生まれの気持ちが分かりません。
そして、発達した心配の触覚を持っているので、心配事に敏感です。
心配する人は、そういう感性で生きているんだ、ということを知って、こちらとしてはディフェンスを高めていくことで、心配という呪いから身を守ることができます。
こちらのことを理解してもらおうとはせず、こちらから心配星人の生態系を理解していくことが大事なんですね〜。