どーも。
“改”運トレーナーの前田王子です。
あなたは、「自分」についてどのくらい分かっていますか?
なんて人は、めちゃくちゃ幸せ者です。
その幸せを握りしめて、ぜひ人生楽しんでください^^
「自分」というのは、驚くほど理解しにくく、掴みづらいものです。
占い師は自分のことを占えないといった話や、医者の不養生、ソロモン王のパラドックス、傍目八目(おかめはちもく)いう言葉もあります。
これらは全て、いくら他人を指導したりアドバイスするほど知識を持った人でも、自分のことは分からないという例えです。
それだけ自分のことというのは分からないもの、分からなくて当然のものなんです。
「自分」を構成するもの
では、「自分」とは何なのでしょうか?
日常的に、簡単に自分のことを「自分」呼びますが、果たして「自分」とはどんな構成になっているのでしょうか?
かの心理学の大家であるフロイトは、「自分(心)」という存在をこう定義しました。

こんな感じで、3つの要素から成り立つものをが「自分」を構成しています。
図からも分かるように、自分の心の中、心の奥底には、そもそも認識できない「無意識」という部分があります。
そして無意識と意識のサイズ比較としては、意識は「氷山の一角」とも言われています。それだけ無意識の領域というのは大きく、表面に現れている意識の領域は、小さなものと言えます。
人間の体もそうですが、目に見えている部分、つまり皮膚よりも、内臓や筋肉などの目に見えていない部分の方が多いですし、機能も多岐にわたっています。さらには、今まさに食べ物が消化されていることを、人間(というか生き物全て)は認識することができません。
食べ物が美味しいという判別はつくものの、体を構成するために必要な消化吸収という手続きに関しては、知らず存ぜず、体にお任せにしているわけです。
この構造は、心の構造ともよく似ています。
こんな感じで、「自分」という存在は、非常にわかりにくく、というか、「分からない部分」だらけで構成されています。
前意識・無意識へのアプローチ
例えば仕事などで、
という想いを抱くことってあると思います。
自分としては「頑張っている」という意識でいるわけです。
では、なぜ評価されないのでしょうか?
上司が全然見ていない、という話は一旦置いといて、こういう場合は、評価に値しない仕事ぶりだったり、頑張るところが違っていたりすることがよくあります。
つまり、本人の意識としては頑張っているつもりではあるものの、本当に頑張るべきポイントには気付いていない、ということになります。
そして、「何かがうまくいっていないような・・・」と考えるわけですが、それが何なのかは分からないわけです。
「意識」として認識できる意識があると、前意識や無意識の部分に気付くことができなくなります。
コーチングを通して、意識を「意識的に外す」というような活動をしていきます。それが、コーチング中に出る課題でもあります。
前意識や無意識の部分を明るみに出すために、それらを意識の部分に持ってこないといけません。
これを例えるなら、池の水を全部抜いて大掃除するような感じです。
池の水を全部抜くテレビ番組がありますが、番組中でも池の中から大昔の陶器や硬貨、なんで池の中にこんなものが!?といった物が出てくることがあります。
コーチングで心の中を探っていくと、それに似たものが出てくることもよくあります。
他にも、思った以上に外来種(本来の自分の価値観ではないものの例え)が多く生息していて、そいつらの糞で池が臭くなっていた(本来の状態からかけ離れていた)、というようなことが分かったりもします。