「やらなければならないこと」が、自分をゆっくりと破壊する

どーも。

占い師の前田王子です。

 

ダイエット中の人や、自己啓発本をたくさん読んでる人に多いんだけど、

 

「やらなければならない」

「自分はこうでなければならない」

 

と思うことってありますよね。

もっと痩せなきゃ、もっと頑張らなきゃ・・・みたいな。

 

そういう思いって、実は裏側に自己否定が含まれていて、自分では良かれと思って頑張っていても、じわじわと自分の本心を封印していくことになってしまいます。

心は、言葉の裏に潜む真意に敏感で、そして言葉は、心が紡ぎ出しています。

 

「やらなければならない」「やらなきゃ」

 

と思うこと、そう思いながらなかなか体を動かさないことは、暗に自己否定を重ねることになるんです。

薄く薄く、餃子の皮を積み上げてお城を造るように、少しずつ、確実にその自己否定は大きくなっていくんです。

 

なんで「やらなければならない」のか

痩せなきゃ、頑張らなきゃ、と思うのはいいんですが、なぜそう思うのでしょうか?

 

ドラマの役が、ガリガリで不健康そうな、影のある裏社会の住人ということなら、撮影の日までに痩せて仕上げる必要があります。

プロボクサーが試合をする時も、既定の体重があるので、それに合わせて減量する必要があります。

 

では、「痩せなきゃ」と思っている人の痩せなきゃいけない理由は何でしょうか?

 

僕も、2年前(2018年頃)は、結構ムッチリしてました。

だけど、ブログやSNSのプロフィールが痩せていた頃の写真だったので、それに合わせて痩せないと・・・と思ってはいたのですが、痩せていない状態でも誰にも何も言われないし、痩せていなくて困ることが特にありませんでした。

あるとすれば、痩せていた時に買ったズボンが履けなくなって凹むことくらいで。

でも、よくよく考えてみると、昼と夜に大盛りパスタを食べて、間食にポテチを常食しているような日常だったので、今思えば、痩せれるわけねーじゃん・・・と思います。

だけど、太っている現状を目の当たりにすると、「痩せなきゃ・・・(ベスト体重くらいまでに戻したい)」という思いが出てきます。

 

これ、まさしく自己否定から出てくる「痩せなきゃ」ですよね。

 

「頑張らなきゃ」

 

と思うことも同じで、自分は頑張っていない、他の人はもっと頑張ってる、まだ何かが足りない、という想いから、

 

「頑張らなきゃ」

 

という想いにいたります。

これも、分かりやすく自己否定ですよね。

 

自己否定してまで、自分を曲げてまで、それでも「やらなければならないこと」なんて、日常にあるんでしょうか?

目標を達成するために欲を我慢するならまだしも、自分を否定することには意味はないです。

 

それは、後天的に身に付く「自己否定癖」

四柱推命的に、生年月日で定められた命式の解釈としては、基本的にみんな命式通りに生きていきたいものです。

キッチリしてたい人はキッチリしたいし、頑張りたい人は頑張りたいし、何も考えたくない人は何も考えたくないんです。

人は、こうした先天性を持っています。

 

ただ、その先天性という価値観は、一般的にはあまり知られていません。

親はもちろん、自分の遺伝子を引き継いだ子供なので、自分と同じだと思い込んで接します。

でも、その思い込みが、子供の先天性をひん曲げることになってしまうことも多いんです。

 

盆栽のように、美意識や意図を持って成長を促すものならいざしらず、人は、個性を潰してしまうと自分の価値を見失ってしまいます。(とはいえ、個性と個性のせめぎ合いが社会なんだけど)

 

「やらなければならない」

 

という感覚に陥るということは、自分の個性を消すことが良いことだという先入観から来ている、ということです。

つまりそれは、ただの自己否定で、「やらなければならない」という想いが常にある人というのは、幼少期から、強い強迫観念やストレスに晒されてきたことによる「自己否定癖」と言えます。

 

そして、「自己否定」というのは何を否定しているのかというと、自分の「先天性」です。

 

「先天性」という別に特別でもないもの

先天性というのは、生まれながらに持っているというだけで、別に何が偉い、何が素晴らしい、ということではないです。

誰しもが各々に持っていて、たまたま時代がそれを求めていたからバズったりするくらいのものです。

 

もし、フワちゃんが明治時代あたりに生まれていたら、バッキバキに心を折られて真面目に嫁いでいたかもしれん。

 

確かに昔は、「女がそんなことするもんじゃない」とか「男のくせにみっともない」とか、個人ではなくカテゴリーで括られて考えられてたけど、今はその辺もだいぶ緩くなってきて、個が尊重されてきた。(個が尊重されるべきという論調はだいぶ前からあったけど、実装されるまでには時間がかかってる)

「個性」というのは誰でも持っていて、その個性は適材適所で生きる。

だから、料理人として現場で料理作ってるのがいい人もいれば、カメラの前で自分をアピールするのがいい人もいて、最前列で野球を応援するのがいい人もいて、アスリートのような人たちもいるのだ。

それは、自分の持つ個性に沿って生きるからそこに至るわけで、自己否定をしながら「やらなければ・・・!」と思いながら生きていては、今の時代、どうにも辛いものなのだ。

 

今の時代においては、「やらなければ」と思うことは、呪縛や呪いの意味合いになってしまうと思う。

「やらなければ」の呪いに蝕まれてしまわないように、自分の個性(先天性)を大事にしていきたいもんです。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

愛知県在住の占い師です。 占い歴9年、鑑定数1000人以上。四柱推命と易の使い手。 ・巷の浅い占いにモヤッとしてる ・占いに書いてあったことを信じてしまい困ってる ・てか占いってアテになるの? ・占い師ってなんなん? そんな巷の洗脳じみた占い感を払拭して、占いに頼らなくてもいい思考回路を作るための記事を書いてます。