アフターコロナは占い師もビックリのとんでもない時代だった

どーも。

占い師の前田王子です。

 

さっきスーパーに食材を買いに行ったんですよ。

棚も高くなくて、野菜売り場から反対側にある魚売り場が見通せるくらいの、地元にある割と小さいスーパーです。

 

店のBGMは、まぁ流行りのJ-popというか、いつものように新しい曲や人気の曲がかかっていたんですけど、「鬼滅の刃」で大ヒットしてるLiSAの「紅蓮華」がかかった時、お店のあちこちからかすかな鼻歌が聞こえてきて。

 

そりゃもう社会現象って言ってもいいくらいの大ヒットなんだし、そりゃみんな歌うよね・・・

と思ってたんだけど、ふと周りを見渡すと、お母さんも歌ってるし子供も歌ってる、子供って言っても6〜8歳くらいの子が当たり前のように歌ってるんですよ。

しかもあちこちなんてもんじゃなくて、野菜売り場でも乾物売り場でも、卵コーナーでもカップ麺売り場でも、納豆を選んでる若奥さんから、おばあちゃんと一緒に来た孫(幼稚園くらい?)まで。

サビのところになると、フワッと至る所で鼻歌が聞こえてきてて、さっきの幼稚園くらいの子と一緒にいたおばあちゃんまで「あぁ、この曲ね」って顔で孫の鼻歌を聞いてニコニコしていた。

 

ビックリするくらい当たり前の日常の光景の中で、しかも一番時代の変化と遠い片田舎のスーパーで、アフターコロナの時代は、というかもうすでに現在進行形で、僕らはとんでもない時代の中に放り込まれていたんだと知った。

 

 

鬼滅の刃のOPで大ヒットの「紅蓮華」

なんてこともない、当たり前の話なんだけど、めちゃくちゃ良い歌なんですよね。

もちろん僕も鬼滅の刃ともども大好きです。

 

だけど、なんであんな小さい子からおばあちゃんまでに浸透してるんだろう?

 

問題はここなんです。

国民的大ヒットなのは素晴らしいことなんです。

だけど、明らかにターゲット層ではない、「逆になんで知ってんの?」ってくらい幅広い層に知られてるんです。

あ、「知られてる」って言ってるけど、スーパーで見た景色の話なので、世代別の認知度の実際の数字はもちろん知りません。

そこにいたおばあちゃんがたまたまアニメ好きだったのかもしれません。

 

アニメ好きなおばあちゃんがいても全然悪くない。

むしろ素敵な話だ。

でも、考えないといけないのは、「なんでおばあちゃんがアニメ好きになったのか」という部分。

 

紅蓮華のヒットにも繋がる部分があるから、アニメ好きなおばあちゃんがいるというのも、由々しき問題だ。

 

もちろん私見も主観も大いに含むけど、そもそも子供が、おばあちゃんが、

 

「鬼滅の刃」

 

なんて単語を見た時に、

リアルねづ子さん
あら、ぜひ読んでみたいわ

とはならない。

それに、タブレット端末でマンガサイトを読み漁ってるなんてこともありえない。

低学年くらいの小学生も、「鬼滅の刃」という字面にはよっぽど反応しないはずである。

だって題字かっこよくないし

 

では、なんでLiSAの「紅蓮華」を知りえたんだろう。

「大ヒット」という当たり前すぎる言葉だけど、どう考えても中高生からジワジワ広がって・・・のパターンではない。

この社会現象の裏側に、どうやらアフターコロナの時代を知るヒントがあると思う。

 

情報経路とヒットのカタチ

少し前、Official髭男dismの「Pretender」がめちゃくちゃヒットしてた。

 

最近のことのようだけど、実はYoutubeにアップされたのは2019/04/16。

リリースは1年前である。

 

リリースと流行るタイミングはズレがあるのは置いといて、どうだろう?この曲って、コンビニとかダイソーとか、至る所で流れてて、それで耳馴染みがあるんじゃないだろうか?

 

曲の内容としても、悲しい恋愛の話で、小学校低学年やおばあちゃんに刺さる内容ではない。

 

この曲はさんざんっぱらYoutubeでいろんな人に歌われて愛されて。

バズったと言っても、そこからのもうひと伸びふた伸びがあったように思う。(主観だけど)

そうした認知度の広がり方(店頭→Youtube→SNSみたいな)だったはずだ。

 

つまり、低学年やおばあちゃんへのアプローチはなされてはいない。

 

では、紅蓮華はどうだろうか?

 

思うに、コロナ騒動の真っ只中でおうち時間が増えて、親と子供の見ているものが共有化されていったんじゃないかと思う。

つまり、お母さんのスマホから、アレクサから、SNSのタイムラインのように垂れ流れてきたから、勝手に知ることができたんじゃないかと。

 

そして家族の情報源であるお母さんたちのSNSのタイムラインに、鬼滅の刃の話が流しそうめんのように流れてきてヒットしてることを知って、何の気なしにNetflixで見ていたから、認知度が爆発的に上がったんじゃないかと思う。

特に、小さい子供と高齢者という、今までアプローチされてこなかった層に。

 

人は、基本的に興味のないものには関心がない。

身近な誰かが関心を持つから、それが視界に入るから、やっと関心を抱くことができる。

 

「Pretender」と「紅蓮華」のヒットのカタチの違いから、どうやら時代は、気になるものを知りに行く能動的な情報取得から、流れてくる情報を受け取るだけの受動的な情報取得に変わっているのだと思う。(それが良いとか悪いとかって話じゃなくて)

 

 

・・・でも、そんなことは割と前から言われていた。

だから別に目新しいことではない。

目新しいことではないんだけど、新型コロナウイルスの台頭による生活環境の変化がそれを加速させて、ヒットのカタチを変える大きなきっかけになったんだと思う。

 

つまり、新型コロナウイルスは、とんでもない時代の立役者なのだ。

 

流しそうめんのインターネット

個人的に、今の情報取得のスタイルを「流しそうめん」だと思っている。

ちょっと前に、こんなツイートをした。

ここにも書いてあるように、流しそうめん化は進んではいたけど、その流れはまだ緩やかだった。

ホント、2年くらい前なんて、「これからSNS頑張るぞ!」とか思ってたもん。

 

でももはや、インターネットはSNSになっていて、情報は流しそうめんになっているのだ。

 

とはいえこれも私見と主観の賜物だけど、ちょっと前(2年前くらいまでかな)は、インターネットといえば、webブラウザでのネットサーフィンのことを指していた。(iPhoneで言えばSafariで、アンドロイドで言えばChrome)

 

だけど今この時代に、特にここ最近、SafariやChromeをタップして、検索したい言葉を考えて検索欄に打ち込む作業をどれだけしただろうか?

FacebookやTwitter、Instagramを開けば、フォローしてる人たちが欲しい情報をリアルタイムで届けてくれる。

欲しい情報がなくても、タイムラインを遡れば欲しい情報には割と簡単にたどり着く。

 

そして、その中の切れ味の良いコメントを見て、その人の価値観を知りにアカウントを覗く。

そうすることで、アナタのアカウントはまた一つ情報流入が増える。

 

もはや今までのように、webブラウザでわざわざ文字を打って検索してネットサーフィンする時代ではなくなってきているのだ。

そして、アフターコロナの時代は、「なくなってきている」ではなくて、「なくなった」時代になる。

 

今の時代にインターネットは切っても切り離せないけど、その在り方、扱い方、距離の取り方が、大きく変わっていってる。

時代が変わるのは怖そうな感じなんだけど、何が言いたいかって言うと、これからは流れてくる情報から受動的に情報を仕入れて、流れの本数や幅も自分でデザインができる、労せず知りたいことを知ることができる、非常に便利な時代になるというわけだ。

つまり、この世はますます便利になっていく。

だけど、それによる弊害ももちろん出てくるわけで。

 

斜め上のアフターコロナ

「崖の上のポニョ」みたいな見出しになったのは置いといて、アフターコロナの時代を、みんなはどんな風に想像しているだろうか。

 

ちょっと前に「コロナ疲れ」とか「コロナ鬱」って言葉が賑わってた。

けどそれは、コロナ自体に疲れたのではなくて、流しそうめんのインターネットに疲れたのだ。

 

箸つく暇も無くコロナの話題が流れてきて、お腹いっぱいなのに食べなきゃいけないような風潮があって。

結局のところ、それに疲れていたのだ。

 

つまり、情報の流れ方が変わったのに、それに対応できていなくて食傷気味になっていたのだ。

なんて言うか、夏服のまま冬を迎えてなんで寒いか分からないような状態みたいな。

 

後になってみれば、「コロナじゃなくて、情報に疲れてたんだよね」ってことは分かるけど、なんでその時にいとも簡単に疲れてしまったんだろう?

 

アフターコロナ時代を生き抜くヒントが、ここにあるように思う。

 

なぜその時にいとも簡単に疲れてしまったのか?

 

それは、基本的に見ている景色は変わってないからということになる。

 

つまり、手の中にあるスマホ、通勤・通学路、部屋の中、自分の顔などのハード面が変わったのではなく、そこに見えている内容が変わっていたのだ。

 

確かに生活環境も変わって、大きな変化はあるけれど、だからと言ってそんな変化はすぐに慣れたと思う。

あんなに品薄だったマスクだって、今となってはウイルスの予防ではなくてただのオシャレアイテムのひとつだ。

人間の環境適応能力は、思ってるよりもはるかに高い。

 

ではなくて、言うなれば景色の中の一つに、思いっきりノイズが入っていたのだ。

 

そしてそのノイズは、流しそうめん式に手元に届くようになっている。

だから受動的に疲れてしまったのだ。

 

そしてそれは、流しそうめんの準備が整った現代だったから起こり得たわけだ。

 

そして、もう流しそうめんのインターネットの潮流は止められない。

なぜなら、もうわざわざwebブラウザでネットサーフィンをしなくなってしまったから。

 

つまり、アフターコロナの時代というのは、勝手に流れてきたそうめんを食わされて腹を壊す可能性のある時代なのだ。

とんだパラダイムシフトがめちゃくちゃ身近で起こっている。

身近どころか、僕らの手の中にある小さな画面で起こっているのだ。

 

インターネットの優秀なサジェスト機能は、無神経に牙を剥いてくる。(サジェスト→予測変換・予測提案)

 

アフターコロナという節目と今後

 

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。

唯一生き残る者は、変化できる者である。

 

というのはダーウィンの言葉だけど、まさにその通りだと思う。

(ダーウィンの進化論は否定されちゃったけど)

 

僕のところには、高学歴な人、高収入な人、美人な人などなど、色々な人が相談に来る。

何かのプロフェッショナルの人で、逆にこっちがなんか申し訳なくなる時だってあるくらい、色々な人が来る。

 

どんなに強い人、社会的にすごい人でも、一番苦手とする科目は、

 

変化すること、変化に対応すること

 

に尽きる。

自分の気持ちの変化、環境の変化、「変化」と名のつくものは、実は身の回りにたくさんありすぎる。

 

だけどそっちには目が向かずに、簡単に得られる安定(っぽい何か)につい目が行ってしまう。

それは、戦後という時代の礎が割としっかりしていて、その上にインターネットという技術革命が加わって、僕らはとても幸せでいられたからだと思う。

地球上では珍しい、生まれた時から勝ち組の稀有な種族なのだ。

 

だけどこの世は盛者必衰。

 

便利になりすぎたテクノロジーが人を困らせて、豊かなくせに個々の判断力は鈍くなってきている。

それも、実は変化を拒んできた代償なんだと思う。

別に誰が悪いとかそういう話じゃなくてね。

 

つまり、少し前の僕らは、現環境の最強の生物!恐竜!みたいな状態になっていて、そこに突然氷河期が訪れて・・・

 

当時最強の生き物
こ・・・こんなはずでは・・・!!

 

みたいな感じになってたんだと思う。

それもそのはず。

今までって、みんな必死で生きてきたんだもん。

だから経済大国でいられるわけで、その中で大事に生かされてきた人たちだから、変化する必要もなかったし、変化を感じ取る必要もなかった。

 

だけど、新型コロナウイルスという斜め上からの攻撃で、まんまと時代だけが先に行ってしまった。

だから人の気持ちが3歩後ろの大和撫子よりも後ろの方で渋滞する羽目になったのだ。

 

だけど、今までだって世界はずっと変わってきていた。

僕が生まれた時はインターネットなんて存在してなかったし。

 

グローバル化やIT化に、「ついていけんわぁ・・・w」と言っていられた幸せな時代があったけど、今はそうじゃない。

変化を余儀なくされている時代なんですよね。

 

だから今後は、どれだけ変化を肯定的に捉えられるか、なんなら、どうやったらもっと良く変わるのか、ということに注目していかないといけない。

 

もしかしたら、時には大事なものを捨てなきゃいけない日も来るかもしれない。

いとも簡単に変化していける人こそ、これからの時代をスイスイと泳いでいけるんだと思う。

 

 

僕は占い師として、アナタがどう変化していけばもっと良くなるのか、もっと楽しくなるのか。

それについて語るのはプロフェッショナルだ。

 

だから、こんな時代だからこそ。

ダーウィンが言っていた唯一生き残れる者になっていくために、アナタにとって必要なものを、どんどん提供していこうと思う。

 

つくづく、楽しい時代になったもんだ!と思う。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

愛知県在住の占い師です。 占い歴9年、鑑定数1000人以上。四柱推命と易の使い手。 ・巷の浅い占いにモヤッとしてる ・占いに書いてあったことを信じてしまい困ってる ・てか占いってアテになるの? ・占い師ってなんなん? そんな巷の洗脳じみた占い感を払拭して、占いに頼らなくてもいい思考回路を作るための記事を書いてます。